オフィスを立ち上げて3年目に入りました。
あっという間でしたね。
周りの人たちにサポートしていただきながら、自分も健康でここまでやってこれて、とても嬉しいです。
カウンセリングにも、色々な立場の人たちが来てくれて、また公な所からの講演依頼も多数いただいたり、ありがたいことですね。
特定の医療機関と提携している訳ではないですが、「主治医先生から『自己責任ではあるけど、こういう所があるから行ってみたら?』と勧められました」、という話も聞くようになり、身も心も背筋が伸びます。
最初の頃に、このタイトルでブログを書いたことがあるのですが、背筋を伸ばして、久々に再考しようかな、と思って書きます。
カウンセリングには、「傾聴」というスタイルがあります。
来談者中心療法とかクライエント中心療法など、言い方は少しバリエーションがありますが、いわゆる「よく話を聴いてくれる」というタイプのカウンセリングです。
それから、日本は「精神分析」「分析心理学」など、「無意識のメッセージ」に耳を傾けよう的なスタイルのカウンセリングも根強い人気(?)があります。
大学院を修了して、現場に出たての頃、私はこの2種類のカウンセリングが出来れば、何とでもなる、と思っていました。
でも、何ともなりませんでした。
最初はいいんです。「すっきりしました」「気持ちがまとまりました」。
皆、そう言ってくれます。
でも、回数を重ねると、あまりに改善しないため、こちらがイライラしてきたり、相談者の方から「何かアドバイスくれませんか?」と言われるようになります。
でも「傾聴」しているのだから、「あなたの話を聴きたいんです」って言うしかない。
「分析」的に見ているから、「あなたが私に質問したいと思うようになった背景について、考えてみませんか?」とかになる。
しんどい・・・。
お互い、もう辞めにしたくなる(苦笑)。
おかしいなーって思っていたら、認知行動療法というのが出てきました。
こりゃ、良さそうだ。「認知」か「行動」を変えれば、「感情」や「身体の感覚」も変化していくのか。ふむふむ。勉強するぞ。
と思って、時間とお金をかけました。
が、スッキリとはまる人がいる一方で、全然響かない人もいる・・。
なんでだろ。変化していかない背景に、何があるんだろう。
待てよ、自分は幸いにも病院臨床の経験の中で、脳の機能をアセスメントする仕事をあれこれしてきたじゃないか。考えと感情がすれ違ってしまうのを、あれほど見てきたじゃないか。
そうか、理性の部分は「改善したい」と、そう思っているのに、本能の部分が「NO!」と言っているんじゃないか・・!?。
そう思って気付いたのが、自覚していないレベルの「トラウマ」の存在でした。
そうか、脳の深部に働きかけていないから、上っ面のすっとこどっこいな臨床になるんだ。
この気づきから、トラウマ臨床への道が始まりました。
開業から5年前のことです。
脳の深部は、とても繊細です。
苦しみを持っている人ほど、「語らせてはいけない」。
この事実に気づいて、僕の臨床観は根底から崩されました。
「傾聴」「精神分析」「認知行動療法」、そういった技法があるから故、見落とされてしまっていること。
そんなこと言いながらも「傾聴」はしますし、「精神分析」的な理解をしますし、「認知行動療法」もします。
でも、根本が変って、ようやく的を外さなくなりました。
「語れない」時、まずは安全・安心の感覚を作っていきます。
そうして慎重に慎重に、心に触れていきます。
人によっては、安全・安心の感覚が作られるまで、かなりの時間や回数を費やすこともあります。子どもの頃に、親から守ってもらえなかったり、見捨てられたと感じる経験があったりすると、「信じることが怖い」ということもあります。
それでも、心の土台は必ず、作れます。
そして、土台の上で、核(トラウマ)を捉えることが出来た時、「EMDR」などの心理療法が劇的な効果を発揮します。
時に感動的なセッションとなり、涙、涙、涙となることもあります(私も実はもらい泣きしそうになってますが、必死にこらえてます。笑)。
開業直前には、一通りどんな相談が来ても大丈夫と思えるようになり、恥ずかしくない臨床をやれる自信を持つことができました。
そして、タイトルの「辛くないカウンセリング」。これは、実は自分が受けたいと思い描いていたカウンセリングのことなんですね。
これまで心理療法を学んでくる中で、色々な立場の先生からカウンセリングを受けてきました。
とても良い経験をしたこともあれば、「あれ?」っと思ったこともありました。
カウンセラーになろうと思う人たちは、皆善意に溢れています。
でも、そのことと良いカウンセラーかどうかは関係ないんだ、ということも分かってきました。
現在も自分にとって必要と思える心理療法は、継続的に外部に学びに行っています。
これは、ずっと終わることはないんだろう、と思っています。
というか、終わらせちゃいかんですよね。
自分はあまり研究者肌ではないですが、それでもカウンセリングは科学です。
最新の良い物に触れ続け、それとは別に、自分の中身の成長も続けていきます。
それが、「辛くないカウンセリング」を行うためのカウンセラーの義務なのではないでしょうか。
KNKN (木曜日, 15 11月 2018 16:25)
オフィス立ち上げから3年目おめでとうございます。
自己研鑽大切ですね、「自分が受けたいものを提供する」というのも
なかなか難しい事だなと思います。
ただそれによって「救われた」とか「助かりました」と言う言葉が聞けると
嬉しいですよね。
お時間の無いなかで、自分の技術や技法も高めていくのは大変だろうとは思いますが、
お身体にも気を付けて頑張ってください。
もりのしずく (木曜日, 15 11月 2018 22:07)
前回の「辛くないカウンセリング」のブログを見て、先生にお世話になろうと決めました。
いつも、お世話になっています。
先生のカウンセリングを受けていると、あ、これなら治る、と思えて希望が持てます。
感覚的に、本質だ、と思えて、安心できます。
どうか、たくさんの苦しんでいる方を救ってください。
先生が、静岡にいて下さることに感謝です。
紅蓮 (月曜日, 19 11月 2018 21:15)
先生のブログ、先生らしくて優しくて、先生のカウンセリングのように、とても真摯に誠実です。とても感謝しています。家族みんなを救っていただきました。
今後とも宜しくお願い致します。お忙しいと思いますが、お身体お大事に。
心葉 (金曜日, 23 11月 2018 08:59)
連続のコメントになってしまいますが、カウンセリングに来ていただいている方から
メールでとても嬉しいメッセージをいただきました。
ご本人に許可もいただきましたので、以下コピペします。
カウンセリングを受けてくださっている方の生の声というのは、
自分にとっての鏡のようなものですね。
何らかの形で、誰かのためになればと思います。
(以下、コピペです)
お世話になります。
ブログ拝読しました。
改めてオフィス立ち上げ3年目おめでとうございます。
感謝を伝えたくてメールしました。
先生らしい文章ですごく良かったです。
人の苦しみに 真摯に向かい合う先生の想いと信念が感じられました。
安全と安心の感覚。覚えています。
3月のカウンセリングで話せなくてSE(ソマティック・エクスペリエンス)をしてしていただいた時にとても引っ張られてしまい、すごく怖くて、その時に、真っ暗な中(目を閉じているから)、この部屋は安全な部屋です。トラウマは過去であって現在起こっていることではありません。って言う先生の声が聞こえました。
安全な部屋?過去?私どこにいるの?
って、目を開けて恐る恐る見回したら、先生がいて もの凄くほっとしたのを覚えています。ああ、ここは先生のオフィスだから大丈夫な場所なんだって。
次の時、今日もSEやるんだよね。また引っ張られたら怖い。でも 話したくないからSEでお願いしますって言ったのは自分なんだから、ちゃんとやらないとって覚悟して行ったら、マインドフルネスの説明をされて、ファイルが用意されていて、SEやらなくていいの?って、すごく ほっとしました。マインドフルネスは 自分に合っていて、トラウマから離れられるようになって、気持ちが楽になりました。
その次の時も、自分から話せるまで待ってくれたので、無理なく 話し出したら、自分の本音が溢れてきて どうしたいのか はっきりわかって、心理療法を受けることができました。
先生のカウンセリングは辛くないし、とても優しいです。
子供達のカウンセリングに付き添っていると、よくわかります。先生が慎重に 負荷がかからないように、とても慎重にカウンセリングを進めているのがわかります。
苦しんでいる人達が ブログを読んで、一歩踏み出して 1人でも多く救われることを願っています。
お忙しいと思いますが、お身体お大事に。
(コピペここまで)
とても嬉しくて、犬なら尻尾振っているところです(笑)。
カウンセリングにも色々なやり方がありますが、より安全で、役に立つものが、
世に広がっていくといいなと感じます。
励みにしながら、また気を引き締めていきたいと思います。
コハナ (金曜日, 23 11月 2018 18:18)
医者も寿命の内…と言いますが、
カウンセラーにも当てはまる気がしています。
信頼出来る方に出会えて、カウンセリングを受けられる事は、幸運な事だと、感じます。
弱っているときに、心葉を見付けられて、良かったです。
心葉 (月曜日, 26 11月 2018)
>コハナさん
コメントありがとうございます。
一つ一つの暖かい言葉に支えられて、自分も生かされているように思います。
毎日、誠実に向き合って、その結果人のお役に立てるのであれば、
こんなに嬉しいことはありません。
一歩一歩ですが、これからも道を作っていきたいと思います。
abc (水曜日, 28 11月 2018 16:10)
読ませていただきました。
人の心って、奥深いですね…
それに向かう先生のとても真摯な姿が伝わってきます。
先生との出会いに感謝です。
心葉 (水曜日, 28 11月 2018 16:19)
11月23日付で書いた返信ですが、ちょっと修正のために削除をしましたので、改めて。
時系列が違いますが、どうかお気になさらずに。
みなさん、コメントありがとうございます!
>KNKNさん
オフィスの立ち上げの時から、色々とありがとうございます。
自己研鑽しながら、自分の健康も考えて、無理なく進んでいきますね。
>もりのしずくさん
暖かいコメント、ありがとうございます。
意外と言葉で返してもらえる機会というのはなくて、とても励みになります。
これからも、結果を残せるカウンセラーでありたいと思います。
>紅蓮さん
いつもありがとうございます。
ブログは、不特定多数の人に自分のメッセージを送れる貴重な場なので、
書いた後ちょっとドキドキしているのですが、優しいコメントをいただき、とても嬉しいです。
これからもよろしくお願いいたします。
>abcさん
これからも日々自分と技術を磨いていきますね。
分からないことがあれば、また何でも聞いてください。
引き続き、よろしくお願いいたします。
光波 (木曜日, 23 5月 2019 11:55)
先生の書かれた
『「傾聴」「精神分析」「認知行動療法」、そういった技法があるから故、見落とされて
しまっていること。』
この部分に惹かれました。
>日本は「精神分析」「分析心理学」など、「無意識のメッセージ」が根強い人気
これらが支持されている理由は、人間の心が機械やソフトウェア内の関数の様に定量的で単純なカラクリで出来ているものとして捉えてしまった方が一般的には“楽”だからではないかと思います。
例えば、マイナス思考や神経質の人の心には『乗数演算』のマクロの様なものが組み込まれていて、負の入力を受け付けた時に乗数効果で負の入力を増幅させて出力しているとロジカルに捉える方が理屈や論法として通しやすいです。
人の心が千差万別と捉えて1ケース1ケースごとに向き合うより、フロイトがかつて分析によってある程度の症例を束ねて「願望充足」というような名称をつけて系統化してして色々なケースを説明対応させる方が効果を得た様な気持ちにもなり、とにかく“楽”です。
加えて、日本人の「みんな一緒が安心(又は、みんなと違うことの不安)」の国民性のバイアスが手伝い、同時にそれだけ今の時代が他人の心に対して無頓着であることの裏返しかもしれません。
けれでも、苦しんでいる側からすると分析結果は、最初の方は高揚感が得られ、効果を錯覚しますが表層が剥がれ深部がいよいよ現れた時に「分析結果に対してどうするのか?」というフェーズに達した時には何の役にも立ちません。
先生のブログの通り、とあるカウンセラーがイライラして来たことを感じ取り始めた時があって
相談側の私が苦しくなって「だいたい分かりました。」と逃げた後は
「私は、一体どこに何を相談したら良いんだ??」
となり孤独でした。
先生の向き合い方は違っていて信頼しています。
心葉 (金曜日, 31 5月 2019 12:32)
>光波さん
コメントありがとうございます。
私が上手く言葉に出来なかったことを的確に表現していただき、とても嬉しいです。
ブログにも書きましたが、カウンセラーになろうとする人は、基本的には根が優しい人が
多いと思いますが、学んできた手法などによって、カウンセリングの進め方に偏りが出てくることがあります。
私は出来るだけ最新のものを学ぼうと、今も継続的にトレーニングや研修を受け続けていますが、それは偏った臨床にならないようにするための戒めでもあります。
相談に来てくださる方々の信頼に応え続けるためにも、これからも自分を磨いていきたいと思います。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。